幸者堂
亡国の王女

第2章 世界大戦 · 第14話

要塞都市エストキア

「ところでグリム、おめぇはどうしてこんなところにいるんだ?」  ポーロンは口から噛んだ豆の破片を吐き出しながらいった。 「汚ねえから話すか食うかどっちかにしろよ。——僕らは国境警備の小隊で、開戦時は物資班にいたんだ。前線は総崩れとなって、いくつかの部隊は孤立し撃滅された。僕らは国境から12kmほどの要塞まで戻って合流しようと考えてたんだ。今はその途中さ。君は?」 「俺はここから北東に2kmくらいの場所で、似たように砲兵の支援をしてた。でもみんなやられちまった。俺は初めてみたんだ、魔剣士ってやつを。あいつら、3、4人くらいで一斉に攻め込んできて、俺たちゃ壊滅した。元々猟師で銃の腕が立つやつがいたが、彼のライフルなんてものともしない。あっという間に俺たちの陣地は占領されちまった。……そんで、俺は逃げちまった」  途端、ポーロンは顔を青ざめさせて俯いた。目から生気が消え、持っていたフォークがブルブル震えている。 「お、俺は敵前逃亡をしちまった。だ、だけどよ、俺はあの地獄みたいな惨状を思えば、軍法会議で処罰される方がマシだとすら思っちまった。でも、今となっちゃ、やっぱり、死にたくねぇ」 ポーロンはそういうと僕に懇願するような目線をよこしてきた。  僕もウルデモスも、ただ黙って彼の告白を聞いていた。僕は彼が気の毒だと思った。連邦の法律では彼のような逃亡者は銃殺刑に処される。本人のみならず、家族も逮捕され極西の極寒の強制収容所で奴隷労働を課される。——ブタルテ人民委員令227号『一歩も下がるな』 「……俺たちも似たようなものだ」 ウルデモスは目を閉じてため息混じりにこぼす。ポーロンはハッとして見上げる。 「俺たちも本当は死ななきゃならなかった。国境が破られるくらいなら死ぬべきだったって、きっと上層部は思うだろうさ。でも俺はそれでも生き残ってよかったと思う。死んじまったらそこで終いだが、命ある限り、たとえ領土を失っても殴り返せる。死んでいった仲間たちの分まで生き延びて、それから戦えばいい。弔いなんてのはそれで十分だ」 ウルデモスはどっしりとした体を持ち上げるとポーロンの元まで近づいて、そして彼の右手を握った。 「だからよ、俺たちにできることをやろう。まずは防衛線に合流しないとな」 「そ、そうだな。そうだよな。命ある限り、まだ戦えるもんな!」 ポーロンはどこか無理をしたような、わざとらしい元気らしい笑顔を作ると、「暗いことなんて忘れて今は食事だ」と言わんばかりにガツガツと食べ始めた。 ---  僕らは地下室で一夜を明かした。早朝、僕らは荷物をまとめて静かに外を覗く。村には敵兵が数人歩いているのが見えた。 「敵兵は?」 「こっちにはいない」 「まだ見ていない区画を探せ。俺はこっちだ。お前はあっち。手分けしよう」  メタリカ語の短いやり取りが聞こえてくる。見れば敵は完全武装している。ガスマスクをつけて、手にはマシンガンを構えている。僕らの旧式の小銃、拳銃、そしてナイフと斧という今の装備ではまず勝ち目がないだろう。 「奴らが散ったら、一人ずつなら抜けられる。僕が先行する。道を開けるから、続いてくれ」 「なら俺のほうが腕っぷしが立つぜ?」 「いや、ウルデモス。君は体が大きいから見つかりやすい。ポーロンはまだ戦場に慣れていない。だから僕がやるよ」  僕は廃墟となった建物の部屋から部屋へ滑り込む。ある一室に隠れると、一人の兵士がやってきた。彼はタバコを吹かしており、僕には気がついていない。 「こんなところに汚れた劣等種共がいるとは思えないな」 彼は自動小銃を壁に立てかけると、ポッと外に向かって煙を吐いた。このまま彼が振り返れば、僕ら三人とも終わりだ。僕はそっと胸からナイフを抜いた。そろりと近づいて、バサッと口に手を当て、もう片手で首元を切り裂こうとする。 「——ッ!?」 しかし男が咄嗟に暴れたものだから、僕のナイフは彼の右肩に突き刺さる。 「て、敵——」 黙れと念じながら彼を抑え込み、もみくちゃになって、なんとか彼の肺にナイフを突き刺す。すると男はひゅーひゅーと苦しそうに呼吸するだけで、力なく倒れ込んだ。 『鎮圧完了、続け』 僕は来た道の方に顔を覗かせて、ハンドサインを後ろの二人にやる。二人は安心したように僕の方へやってくる。  僕は再度、敵兵の方をみた。彼は顔を真っ青にして僕を睨んでいる。血を吹き出し、むせている。途端、僕は彼を助けたく思い始めた。咄嗟に応急用の包帯を取り出して、彼の止血を始めた。 「すまない。本当にすまない。君は何も悪くない。悪いのは僕なんだ。なんでもする。さあ、いっておくれ。何が欲しい?」 しかし男は何も言えなかった。 「おい、グリム。何してる?」 そこへウルデモスとポーロンがやってきた。 「彼を治療しないと」 「敵だろう?」 「だとしてもさ」 ウルデモスと僕が話している間。ポーロンは焦ってキョロキョロと周辺を見渡し、敵兵がいないことを確認するとやっと僕の元へやってきた。 「そんなことやってる場合か。さっさと逃げねぇと、俺たちゃ一網打尽だぜ」 「でも彼は死にかけてる」 「敵兵だろ? それもメタリカの鬼畜だ。放っておけよ」 ポーロンはケッと憎たらしそうに負傷兵を睨んだ。 「でも」 「覚悟が決まらないってなら、俺が介錯してやる」 と言うと、ウルデモスが僕を引き剥がし、キュッと彼の首を折った。僕はなんて残酷なことをするんだと思ったが、直後に、確かにそうだ、彼は敵兵だし、これは戦争なんだと思い直そうとした。 ---  そんな具合で街を抜け出すと、味方の塹壕が見えてきた。機関銃が太陽光を反射しているのが見えた。 「伏せろ。ここからは味方に撃たれかねない」 ウルデモスはそういうと、泥まみれの地面に顔をつけながら匍匐前進を始める。僕らはそれに続いた。  その塹壕は僕らが目指す要塞を取り囲むように構築されており、すでに激しい戦闘の跡のようだ。敵兵の亡骸と血が真っ赤に大地を染めている。ちょっと先には壊れて放置された戦車、死んでネズミに齧られる馬。腕なんかの体の一部が有刺鉄線に絡まっている。 「おえっ」 ポーロンだった。だが彼は我慢して何も吐き出さなかった。 「なあ、どうしておめぇらは大丈夫なんだ?」 「僕もまだ慣れてないさ。でもこういうものなんだって割り切ってる。そうじゃなきゃ、僕らが参っちまうよ」 「俺も同じだった。いずれ慣れる」  塹壕に到達すると、僕らは声を上げた。 「おーい、味方だ」 すると機関銃の方から 「どこの所属だ!?」 「国境防衛隊だ。敵の襲撃に遭い、からくもなんとかここまでたどり着いた!」 「よし、来い!」  塹壕に滑り込むと、見慣れた軍服の兵士らがちらほらと待機していた。 「よく無事だったな。私はソコロフ大尉だ」 「自分はガスパール少尉であります」 と敬礼し、彼も敬礼を返す。 「怪我人は?」 「僕がちょっと手を切った。でもそのくらいです」 「よし、とりあえず要塞に戻って本隊に合流しろ!」 「了解!」  敬礼して踵を返すと、衛生兵が担架を抱えて駆け寄ってきた。 「担架だって? 冗談だろう? 僕たちは歩けるとも」 僕らはやっと背筋を伸ばして歩くことができた。 ---  ここはサーベリア公国の西の前線、要塞都市エストキア。この街は元々サーベリア騎士団が獣人族の住まうペレス地方を占領するために築いた交易都市だったそうだが、今はブタルテ連邦がメタリカ帝国の侵略を防ぐための要衝となっていた。  エストキアの中心にある城塞は元々小高い山を切り開いて作ったもので、山肌にはいくつも穴がのぞいている。そこから大砲が迫り来る敵を迎え撃つのだ。 「よく無事で……!」  僕が城砦に入るとエリシア少佐が感極まって、僕を抱きしめた。普段は男女の距離感を弁えている彼女なのに。それで僕は照れ臭く思って、そっと彼女を引き離した。 「私はてっきりもうダメかと思っていたんだ」 「僕もそう思ってました」 と僕が笑いかけると、エリシアもふっと笑みをこぼす。 「相変わらずだな、お前は。無事に帰ってきてくれて本当にありがとう」 「国境を守りきれず、すみません。ところで戦況はどうなっていますか?」 「戦況は厳しい。敵はすでにエストキアの北部と南部の港を制圧している。西の交通網まで制圧されてしまえば、我々は包囲され、そして陥落するだろう」 エリシアは僕の元に簡易的な地図を持ってきて、見せてくれた。 「ここが私たちの要塞だ。北部は平野が続いていて防衛に適さない。西は山岳地帯だから守りやすいが、南部もやはり開けている。敵の数は我が方と同程度だが、練度が段違いだ。また魔剣士を集中投入しており、重要な陣地の制圧に充てているらしい」  僕はポーロンが言っていた、魔剣士の襲撃のことを思い出す。 「やはり通常兵器では魔剣士に勝てないでしょうか?」 「いや、機関銃の要塞なんかを正面突破するのは無理だ、おそらく私も。だから彼らは正面衝突をするのではなく、少数で浸透してきて内部の重要箇所の一部だけを強襲するようだ」 エリシアは「いや、機関銃でもいけるか?」などと小さく漏らしたが、僕はあえて聞かなかったことにする。文明の利器をそう簡単に乗り越えられる人物など、考えても無駄だ。僕らにはどうしようもないから。 「ここに来る途中で塹壕を超えました。いくつか死体が転がっていました」 「ああ、あれは昨日の戦闘だな。理論通り要塞は防衛に有利で、塹壕も維持できた。だがそれもいつまで保つか。弾薬も人も医療物資も足りない。食料がかろうじて足りているくらいだ」 「撤退はできないのでしょうか?」 「お前も知っているだろう? ブタルテ人民委員令第227号を。私たちは一歩も下がれない」 「しかしこのままでは全滅してしまいます」 エリシアはかぶりをふる。 「それだけじゃない。今この城砦には東方からの難民もいる。知っての通りメタリカ帝国は魔人、獣人を差別している。奴らに掴まれはただではすまないだろう。だから、せめて、彼らがもっと安全な土地に移動し終わるまでは引けない」 エリシアはキュッと口を噛み締めた。 ---    翌日。僕は久しぶりに体を洗って、髭を剃り、髪の毛をキレイにとかした。ボロボロになったと思っていたがいざ整えてみると、鏡に映る僕は思いの外元気な顔つきをしていて、なんだか無神経なように思われた。  僕はキレイな白いシャツを羽織って、昨夜のうちに洗って干していた軍服を羽織る。まだちょっとしけっていたが、我慢した。血で濡れている訳じゃないのだ。  宿舎を出ると白煉瓦の街は炎天下の日差し反射して、まるで太陽が四方八方から僕を照らしているかのようだった。そんな街を歩いて、僕は昨日と同じ城砦へ向かう。そこでは新たな任務が与えられることになっていた。  城砦の中は埃っぽくて暗かった。階段を上って5階へ。入口には筋骨隆々とした男が太陽に剣を向けたポスターが貼ってあるのを一瞥する。   ——統一主義万歳! 万人よ、平等たれ! 我らは我らのために生きる。  僕はドアをノックした。しかし返事がない。記憶によれば、エリシアと約束していた部屋はここだったはずだ。 「仕方ないか。入ってみよう」 ドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。  部屋の中は昼間だというのにどこか薄暗く、窓には遮光カーテンがかけられている。そして部屋の奥、通り沿いの窓の近くで二人が何やら話していた。一人は女で、もう一人は35歳くらいの茶髪の紳士風の男だった。 「.......くれぐれもお忘れなきように」 「はい。わかっております」 女はなにか弱みを握られているかのように、ただ暗い顔で頷いていた。 「あの、こんにちは」 勇気を出して話しかけると、彼らは驚いてこちらに気がつき 「おやおや、気がつきませんでした。こんにちは、グリム・ガスパール君」 制服姿の男のほうが僕に向かってわかりやすいくらいの作り笑顔を向けてきた。 「私はブタルテ連邦統一党所属。ドクラ・ウルフェルと申します」 僕はぎょっとした。彼は当局の政治将校で、胸元には大佐の階級章が付いている。ちょっとでも変なことを言えば強制収容所送りになってしまう。 「お、お初にお目にかかります。僕はグリム・ガスパールと申します」 「うん、よろしい」 ウルフェルはわざとらしく伸ばした前髪をひらりとかきあげると、背後にいた女の方を見る。 「君は彼女を知っているかな? ——おい、君も挨拶したまえ!」 暗がりで怯えたように縮こまっていたのは、なんとエリシア少佐だった。 「え、エリシア少佐?」 「おや、既知の関係だったか。なら話は早いね。私はこれから西部戦線の査察官となった。私の任務は西部戦線に突如現れた魔剣士レジヌラの回収だ。君らには私の直属の部下として、働いてもらいたい」 ウルフェルは勿体ぶった様子でカバンから白い紙を取り出す。 『エリシア・ダルテアとグリム・ガスパール。そしてその小隊はウルフェル大佐の指揮下に入るべし。——統一党主席 ルシナ・ブラネファ』 と書かれている。 「あ、あの。レジヌラって有名なんですか?」 僕は恐る恐る聞いた。するとウルフェルは目を丸くする。 「おや、前線にいたのに聞いてないのかい? レジヌラ・ラクリモサは去年の三月ごろに突如としてメタリカ帝国に現れた最強の魔剣士だ。連合国軍を粉砕し、フレア共和国をわずか半年ばかりで降伏させた圧倒的な指揮官でもある。そんな彼が今、このサーベリア戦線に来ていると目撃情報があった。彼を殺害するか、逮捕できれば我が軍が戦争を有利に進めることができるようになるだろう」  僕は昔流し読みした新聞の中身を思い出した。そして僕はどうしてこんなに大切なことを忘れていたのかと唖然とした。 ——そうだ、イリニア・ローズ・サーベリアを殺したやつじゃないか。  レジヌラは一年前にフレア共和国にいたイリニアらシュトラウス義勇軍を殲滅したメタリカの将軍だった。