幸者堂
文芸部の日常

第5章 冬原智雪の孤独な青春 · 第03話

希望

 誰もいない家のピアノはいつも冷たい。  私はそっと撫でるように鍵盤に触れ、そしてJ.Sバッハの『アリオーソ』を演奏する。  心は落ち着いている。もう平気だ。  私はこんな風に気分が良い時、散歩をしに出かけたくなる。だから、私は壁にかけられていたトレンチコートを羽織って出かけた。  この日は秋の終わり頃で、夜空は晴れていた。風が気持ちよく頬を撫で、綺麗な星々はまるで宝石の山のようで、なんだかうっとりする。  散歩のコースはいつもと同じ。家を出て公園に行く。そして池沿いの手すりに寄り掛かって、それから再度星々を眺める。——美しい。  最近読んだ雑誌によれば、星々の輝きは宇宙創生の初期でしか見られないそうだ。すべての恒星はいずれ燃え尽き、やがて宇宙は真っ暗になると言う。 ——なら、綺麗な星々が見れるうちに生まれたというのは、幸運という物じゃないかしら?  私は池の向こうにて、抱擁を交わす男女を見つけた。そして、彼らを羨む自分に気がつくと 「ふふ、馬鹿ね……」 と自嘲する。  私の人生は孤独で灰色だと思ってた。何もない暗闇の中だと思っていた。  でも文芸部に入って希望が見えるようになってきた。私でも人と関われる。  私の人生は確かに孤独で灰色であるけれど、暗黒の中にあるとは限らない。気が付かないだけで、小さな輝きが周囲に溢れていると思う。  風が気持ち良い。思わず微笑んでしまう。  時間が時間だからか、人は例のカップルしかいないし、車の通りもない。鳥は眠り、人もまた眠る。 ——私もそろそろ彼らと同じく眠ろうかしら。  私は力強く一歩を進めた。