幸者堂
文芸部の日常

第1章 石宮誠司と文芸部 · 第12話

イヤホンわけっこ

 冬。早いものでもう少しで一年が終わろうとしている。  マフラーを巻き、ステンカラーコートに身を包む俺は部室に入る。そこには既に三人がいて、彼らはなにやら楽しそうに談笑していた。  俺は舞花に挨拶として微笑みかけ、それから遠野に向かって 「よお」 「やっと来たね?」 「何話してたんだ?」 「なぁに。取るに足らない事で、イヤホン分けっこさ」 「イヤホン分けっこ?」 「私はイヤホン半分こって呼んでたんだけど……」 と舞花が苦笑いする。 「まあいいから掛けたまえよ、ちょうど話始めたところなのさ」 と促されるまま、俺は席に着いた。四人が一つの机を囲うような形になる。 「イヤホンを左右別々にして二人で聞くってアレ、あるでしょう?」 「あるね」 「でもさ、音楽って左右から聞こえる音は違うだろう?」 「そうね……。オーケストラなら左手にバイオリン、右手にバスだわ」 と冬原。 「僕はあんまりクラシックに詳しくないから分からないんだけど、バンドとかだったらギターとドラムの音って、左右別々から聞こえるものだと思うんだよね」 「あーめっちゃわかる~! 私はそれでイヤホンの左右直すことあるもん」  ねーよ。いや、あるかも……? 「でさ、イヤホンを半分にしたらキチンと音楽が聴けないじゃないかって」 「なるほどねぇ。それで?」 「なんか腹立つんだよね、アーティストへの侮辱に感じてさ」  はいはい、ルサンチマン、ルサンチマン……というツッコミを飲み込む。そして無難に 「そんなことはないだろ……」 とやんわり否定する。 「桜木さんは誠司と付き合ってるみたいだけど、どう思う?」 「え!? わ、私?」  不意に話を振られ、戸惑う舞花。可愛い。 「私は別に……良いんじゃないかな? ……って思うよ?」 と彼女は頬を赤らめてこちらを見る。  なぜ俺に訊く……?  コホンと一つ咳払いをして、 「なあ遠野。イヤホンを分けると音楽が完全に聴けないってのは分かるよ。でもさ、一緒に同じ音楽を聴くのって素敵だと思うぜ?」 言い終えて舞花を見れば、彼女は俯いて頬を赤らめている。可愛い……(脳死) 「コホン。もしもし……」 「ん? なんだ?」 冬原の方を見れば 「ならワイヤレスイヤホンを使えば良いじゃないかしら? ねえ、そう思わない?」 と、雪女のように冷たい微笑を浮かべている。怖ぇ…… 「冬原さんの言う通りだよ、誠司。君らがいつどこで音楽を聴くかは自由さ。でもね、アーティストへの敬意を忘れちゃーダメだよ」  こ、こんなくだらないことに真剣な遠野は初めて見た…… 「あ、あのな。音楽の聴き方なんて自由で良いだろう? ワイヤレス持ってない奴だっているかもしれんしな」 と、近づいてきた遠野の顔を押しやる。 ♢  そんなくだらない話をしたからかもしれない。  ある日の放課後。その日は偶然、舞花と一緒に昇降口で出会い帰ることになった。 「お前さんの家まで送ろうか?」 「うん、お願い!」  思えば初めて彼女と帰宅するかも知れない。彼女の桃色の頬や白息、乾燥した唇を見つめると胸が高鳴るのを感じる。 「あのさ、ちょっと……これ……」 と、向こう見ながらイヤホンの右側を渡してくる。 「ちょっとだけ聴いてみない……?」 「お、おう……」 彼女からイヤホンを受け取って耳にはめる。コードの長さが短いからか、俺と舞花の肩が触れ合うほど近づく。  それは女性歌手の歌う恋愛ソングだった。淡い恋心を綴った歌詞で、彼女の趣味を通じてまだ見ぬ彼女の側面に触れられた気がした。 「ねぇ、どう?」 「良い声だなと思ったよ」 「でっしょ?!」 「嬉しそうだな」 「へへ〜。この曲で、少しは女心が分かったんじゃない?」 「……知らん」  俺は恥ずかしさを隠すためにそっぽを向く。 「えぇー!? 本当?」 とわざとらしく大袈裟に驚いてみせる。 「いや、少しくらいは……?」 「でっしょー?」  う、うざい…… 「あのさ、石宮」 「何だ?」 「私、石宮と付き合えて嬉しいよ。ありがと」 「そっか……」  彼女は何を思っているのだろうか……と考えていると、彼女はテクテクと俺の二歩先へ行き、そしてひらひらと振り返って、 「誠司!」 ニッコリと笑って 「……すきだよ!」  ドキッとした。  好きという言葉にこんな力があるとは思わなかった。  見れば、彼女はこちらをまっすぐに見つめている。 「ねえ……誠司は私の事好き?」 「い、言わせんなよ。分かってるだろう?」 「うん。でも言葉にして欲しいんだよ?」 横に並ぶ。 「……好きだ……」 「…………」 これは意外、無反応。 「な、なんか言ったらどうだよ?」 「……う、う……うふふ~!」 「なんだよ、そのキモイ笑い方は?」 「キモイって言ったな? 許さん、この野郎。ウリウリ~!」 と肘打ちをしてくる。くすぐったい…… 「ええい、止めい!」  俺は彼女のことが好きだ。彼女のこう言う悪戯っぽいところが好きだ。 ―――こんな時間はきっとそう長くないのかも知れない。 ふとそんな考えがよぎった。  こんな幸せは霧のようなもので、すぐに消えてしまうんじゃないだろうか?  だから俺は彼女を抱き寄せて 「舞花、愛してる」 と告白した。 「…………!!!???」 「ど、どうした? なんか言えよ?」 「ば、馬鹿なんじゃないの?!」  馬鹿と言われてしまった。しかし冷静に考えるとその通りかもしれんな……  だが、彼女の言葉は厳しくても、その声色は嬉しそうだった。  俺と彼女を夕日が優しく包んでいた。