幸者堂
転生探偵と自由落下の少女

第4章 彼女の涙(番外) · 第03話

ディファー平原

 ファイルには他にも情報が載っていた。  フィーネは一週間後死体となって、森林から見つかった事。死因が絞殺である事。一度頭部を殴られて気絶している間に殺された事。そして、フィーネが泣いていた事(フィーネを最後に見た執事の証言)。  俺はすこぶる真剣に尋ねる。 「クーさん」 「オルガノンで構いません」 「では、オルガノンさん。これを読んだ上で貴方からの依頼を承ります。どうぞ、お話しください」  俺は相手にこちらの興味を示すため、手を組んで身を乗り出した。 「はい。実はもう知っての通り、私がこの被疑者、ビルマーの弁護士を務める事となりましたが、彼は話せば分かる好青年です。長年の経験から——私の弁護士歴は二十年程なんですが——彼は明らかに無実の方です。  勿論センチメンタル的な言葉はなんら解決にはなりませんでしょうから、他にも話しますと、実は彼はまだ結婚をしていません。指輪を買った日に彼女が行方不明になったのですから当たり前ですが、ビルマーがフィーネを殺して遺産を手にするなら、結婚後を狙うのではないでしょうか?」 「それはビルマー本人の疑念で?」 「いえ、彼は彼女を失ったあまり神経衰弱気味でして……」 「なるほど……」 俺はファイルとオルガノンを見比べて、少し考え、それから、 「オルガノンさん。少し証言を取りたいし、証拠も探したいですね。まずは……ノイギーア邸のフィーネの部屋は今はどうなっているのでしょうか。フィーネ嬢が最後の日に泣いていた理由が分かるかも知れませんよ」 と言うと、オルガノンは申し訳なさそうにして答えた。 「残念ながら、フィーネ嬢の自室は既に片付けられてしまっていて、何も残っていません。あ、でもでも。地元民の証言で、最近見慣れぬ青年が夜中に歩いているというものがあります」 「それはどんな特徴の男でしょうか」 「さあ……分かりかねますね。少なくとも身長は一九〇程で、黒いコートを着ていたみたいです」 「まずはそいつからだな。よし、早速調査と行きましょう。えっと、行き先は……」 「メタリカ国内鉄道会社の奴で、グラフ地方行きがあります。ノイギーア邸があるのはディファー平原ですね。そこまでご案内しますよ」  ディファー平原はメタリカ南西部の小ささな街で、未だに行ったことない土地だった。 「よし、ではグラフ地方行きの列車に乗りましょう! 今夜の七時発でよろしいですか?」 「はい。ではまた後ほど駅でお会いしましょう」  オルガノンは立ち上がり、礼儀良くお辞儀をしてから鞄を持ち上げた。 「資料は置いて行きます。お役に立つかも知れませんし」 「それは助かります」  俺は玄関のドアを開けて、外の雨の降る世界に彼を見送った。  ……濡れるのやだから、馬車、呼んどくか…… ♢  大雨の中、俺とエリーゼは駅のプラットホームに立っていた。  エリーゼは身長が低い。俺の肩程度しかないので、水溜りに映る俺たちはなんだか父と娘みたいで笑いそうになる。  ところでエリーゼは今赤いコートを着ているのだが、それが金髪で緑の綺麗な目によく似合う。黒髪の俺では黒いコートくらいしか似合わんから困る。  ……などと下らない事を考えていると、向こうからオークが走って来た。 「お待たせして、すみません。列車はまだ来ていないみたいでよかった……」 「まだ発車まで三十分程ありますから何処かで食事でも済ましてから行きましょうか」 ♢  食事を済ませてから、俺とエリーゼはやけに空いた車両に乗った。オークの弁護士は俺とエリーゼをリラックスさせる為に二つ程離れた席に座って何やら難しそうな法律書を読んでいた。  列車が発車しても気は晴れそうにない。いつもなら列車の窓から流れる景色を楽しむエリーゼでさえ、シーテ街の雨季の風景にはご満足いただけないらしい。 「エリーゼ、シーテ街の雨の夜景は嫌いか?」  暗い表情をするエリーゼを見て、俺は尋ねる。てっきり『雨の中のシーテもまた綺麗ですね』と言うとばかり思っていたのだ。 「いえ。でも、この雨。冷たくて……なんて言って良いのでしょう……」  エリーゼは悲しそうな面持ちで窓に視線を移すと、言葉を選びながら続ける。 「つまりは、これからの事件は……その、なんだかこの夜景と雰囲気が似ていて……行き交う傘をさした人々は俯いて、煙突の煙は雨に濡れて思うよう上がれず、街を濁して行きます。街が憂鬱な雰囲気です。  なんだか、これから捜査する事件を連想してしまって……」 「まさか、エリーゼは俺の依頼の内容を聞いていたのか?」 「それは勿論です。ガウスさんは私を魔法的見解の情報を得る事のみ利用しようとしているみたいですが……ですから私だってお役に立てるかも知れません。  ファイルも拝借しましたが、あまりに悲しい事件に思えます。勿論、これはビルマーさんが無実であった場合ですが……」  エリーゼは車内の電球に目を移す。 「ビルマーが犯人ならエリーゼの気は晴れるか?」 「意地が悪いですよ、ガウスさん。もしそうなら、私はもっと悲しい想いをするでしょう」  エリーゼは悲しそうに笑いかけた。 ♢  ディファー平原には午後九時に着いた。道中で雨季の雲から抜け、夜空の星々がこちらを照らしてくれる。  感じやすい流石のエリーゼも、ここでは気が休まるらしい。すっかり事件を忘れて、楽しそうにしている。これは旅行だと言うとばかりに。 「カルマートさん。これから私の事務所にご案内することも出来ますが、どうしますか?」 「事務所に何かあるのですか?」 「いえ、特には」 「でしたら結構です。私達は小さな宿に泊まりますから。今夜はゆっくりと休みましょう。疲れました」 「そうですね。では、私はそこのロータリーに泊まっているハンサムキャブ(注、馬車の一種)で帰ります。貴方方はどうしますか?」 「この辺に小さな宿があることを既に調べてあるんですよ。今夜はそこで寝ます。明日、私は聞き込みをするつもりですので、その際案内を願います」 「わかりました。では、明日の朝。私の事務所に来て下さい。場所は二丁目のメタリカ法律相談事務所ディファー局です。タクシーに言えば伝わりますよ」 「ありがとうございました。では、おやすみなさい」  彼と別れた後、俺とエリーゼは歩みだした。 「ガウスさん。その小さな宿と言うのはどこにあるのですか?」 「なぁに。ここから徒歩で五分ほどの先さ。歩道が舗装されていないのが予想外だったけど、すぐ着くよ」 「でしたら、箒で飛びましょう!」  エリーゼは何やら目を輝かせて言った。  夜空が目当てだな……  この異世界では箒も十分な交通手段である。移動用に開発された木の棒は、先端に魔石が埋め込まれ、跨る者の消費魔力を軽減する。  だが、そんな物持って来てはいない。 「けれど、エリーゼ。俺たちは箒を持っていないぞ」 「ご心配なく。さっきそこで良い感じの棒を見つけたんですよ」  エリーゼは走って引き返して、それから太さ五センチ程の木の棒を持ってきた。 「まさか、これで?」 「ガウスさんも知っての通り、私は何だって出来る程の魔力には自信があるんですから!」 エリーゼは右腕で力こぶを作る仕草をした。コートを着ていて見えないが、細い彼女がそんな事をやっても、愛らしいだけで、説得力に欠ける。 「あ、ガウスさん。今笑いましたね! 良いですよ。私の凄さ、感じて下さいね」  エリーゼはひょいと跨り、枝先を軽く蹴って棒を浮かせた。その棒に二人の荷物を引っ掛けて、手を差し伸べて来た。 「まだあと三人は行けます。さあ、ガウスさん心配しないで乗って下さい」 「しょうがないな」 俺はその手を取り、棒に跨った。 「では行きますよ。そーれ!」  エリーゼが手のひらで棒をぱっぱと叩くと、勢いよく飛び出した。 「ぅ、うわっ! 早いっ! シヌゥ!」  情けない。エリーゼの細っこい身体にしがみついて、俺は勢い良く風を切る箒に振り落とされないようにしていた。  しばらくして勢いが収まり、目を見開くとそこは雲の上だった。 「凄い……ここまで飛んで来た事はこの世界に来てから初めてだ」 「この世界に来るっていい方……詩人めいていて素敵ですね」  エリーゼがこちらに振り向き、笑顔の横顔を見せた。 「どうですか、この夜空。それにこの景色。私、ここから見たら綺麗だろうなって思って、ずっと道端の良い感じの棒を探していたんですよ」 「それは結構な事で。でも、重くないのか?」 「ええ、余裕です」  俺なんかは少し飛んだら息切れすると言うのに……。エリーゼがいかに凄いかを思い知らされる。 「さて、もう遅いですし、宿まで行きましょうか。ガウスさん、案内願います」 「ああ、あそこだよ。あの森と田園の中間にあるあの宿。あれだ」  俺はアリンコ程度の大きさに見える宿を指差した。 「分かりました。では、飛ばしますよー!」 「ちょっと、まっ……」 「そーれ!」 ♢  宿屋に着いて、そこのご主人に青い顔を見られた時、彼はこう言った。 「お客さん。幽霊でも見たかのように真っ青ですぜ」 「箒です。見たのは箒が突っ込んで行く雲と、あとは……オェ……気持ち悪い……」  エリーゼが背後で笑っているのが感じられた。