幸者堂
転生探偵と自由落下の少女

第3章 アルフヘイムの悲劇 魔宰相スケルツォ · 第09話

対決スケルツォ

 舞踏会は二階のレストランと一階の第二ホールで行われる。第一ホールが使われないのは、未だに血が残されているからだ。  レストランでは食事等を、ホールでは舞踏会が催される。この時に多くの人間が一箇所に集まるので、大量殺戮を起こしたいのならそこを、確実に誰かを殺すなら誘い出して殺す事も可能である。  舞踏会が始まると俺はレストランにてヘルツを探した。彼に話したい事があったからだ。しかし彼はどこにも居なかった。  暇になったので、マルカート刑事から何か聞こうかと思ったが、彼女もどこにも居なかった。 ——やはりか。  俺は倉庫に向かって歩き出した。  時刻は十九時を回っていた。 ☆☆☆  倉庫の扉には鍵がかかっていなかった。 「貴方だったのですか……ヘルツさん」 「おや、これはこれはリーベさん」  倉庫にはゴブリンとヘルツ、横たわるマルカート刑事の姿があった。 「動かないでください。私は既に警察を呼んであります。無駄な事は止して大人しくして下さい」  俺はコートに忍ばせておいた拳銃を取り出し、彼に向けた。 「僕にとって、異世界における科学技術の進歩は予想外の展開だった。けれども、根本は同じだった……」  手錠を取り出し、彼に歩みを進めると彼は話し出した。 「無駄なお喋りは嫌いだぜ、ヘルツさん」  俺は無意味な会話に耳を傾けるつもりはなかった。 「無駄なお喋りとは失礼だね。聞いておくれよ、友よ。  芸術の本質は悲劇に始まる。ピカソが『ゲルニカ』を描けたのはナチスが街を一つ焼き払ったからだったし、ショパンが『革命』を作曲できたのはポーランドで紛争があったからだ。賛美歌だってキリストの犠牲の元で成り立っている。本当に美しい物とは奪われて初めて知覚する。君も同じ異世界人なら、分かるだろう?  僕はただ人を殺す愚者ではない。僕はその後の世界の変化を楽しみにしているのさ」 ヘルツはにっこりと笑って言った。その笑顔は気味が悪く、思わず身震いした。 「違う。それらは不幸を受け、それに反発して生まれたものだ。芸術は本来悲劇が生むものではなく、何かを望む事で出来るのだ!」 「君は何も分かっていない」  手錠を掛けようと近づく俺に、彼は突然手を振り上げたかと思うと、突然黒い短剣が現れ、そのまま俺を切りつけた。 「どうだい? 血の止まらぬ呪いだ。動脈を切らずとも殺せるのだよ」  俺は反射的に彼から距離を取り、徹甲弾を撃ち込んだ。右肩、右大腿部、左大腿部。  三箇所を撃たれた彼は短剣を落とし、膝をついた。 「……君は本当に何も分かっていない」  ヘルツは自信げな表情をするや否や、大きな声で唸り出した。 「何をするつもりだ」  なんという事だろう。彼の身体は大きく膨れ上がり、全身は黒く光沢のある毛に覆われ、巨人のようになったのだ。その身長は低くても二メートルはあった。  ジョコーソ家の一件もあったので徹甲弾を持ってきたが、通用するか不安になった。 「ドウダイ、美シイダロウ。コノ肉体ハ《《魔王アリア様》》トノ契約デ成立スル。魔王様ハ僕ヲマダ見捨テテハオラレナイノダ!」  彼は叫ぶや否や、俺に猛烈な突進を喰らわした。吹っ飛んだ俺は壁に打ち付けられ、へばり込んだ。 「冥土ノ土産二僕ノ本当ノ名前ヲオ教シエシヨウ。僕ハ魔王軍幹部ノ《《スケルツォ》》。君ヲコレカラ殺メル者ノ名前ダ」 「魔王軍幹部は皆死んだはずだ! あり得ない!」 「本当ニ何モ分カッテイナインダネ」  ニチャァと笑いながら、彼はゆっくりと俺に近づいて来る。  右奥には気を失ったマルカート刑事。左奥にはゴブリンが術者からの指示を待って、ただ茫然と立っている。  彼を止めるべく徹甲弾を再度撃ち込んでみたものの、黒い毛がそれらを弾いた。  不味いな、徹甲弾が効かない……  もうダメかと思った刹那、倉庫の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。  皆が注目する先にはエリーゼが立っていた。彼女の表情は極めて落ち着いてはいたが、身体が怒りを堪えるように小刻みに震えていた。左手に握られた杖は光輝いている。 「『アドウム・ロウマップ』!」 エリーゼが古代ルーン語でそう唱えると、杖から光が放たれ、スケルツォの右腕を吹き飛ばした。 「バ、馬鹿ナァアア! 僕ノ完璧ナ腕ガ、タッタ一撃デ⁉︎ アア、アリア様。コレガ貴女ノ望ンダ事ナノデショウカ⁉︎ 僕ハ貴女ニ血ヲ捧ゲ続ケタノニ!」  あまりに突然の事で、俺は状況を処理しきれずにいた。 「『エレジー』!」  エリーゼは、どうやら自作の魔法らしき物を唱えると、スケルツォの周りに四つほどの魔法陣が現れた。すると、抵抗することも出来ずに、彼の肉体はみるみる萎れていき、どんどん老いていった。 「ま、魔王様ぁぁあ!」 スケルツォはエリーゼを見つめ、はち切れんばかりに叫んだ。 「エリーゼ! 止めるんだ! 人を殺してはならない!」 このままエリーゼを人殺しにはさせまいと叫んだ。しかし、いくら俺が叫んでも、彼女は魔法を続けた。  俺はエリーゼに近づいて抱き寄せた。 「止めるんだ。もういいから」 なるべく優しく、包み込むようにと意識した。彼女がまだ幼いのだという事を思い出したからである。 「ガ、ガウスさん……分かりました」  すると、エリーゼはようやく魔法を解除し、スケルツォを解放した。  ヘルツ・アルフヘイムこと、スケルツォの姿は変身が解け、すっかりただのエルフの老人になっていた。